子どもの参画について深く掘り下げ、指針を与えてきた世界的な名著。待望の日本語版がついに完成!

子どもの参画
コミュニティづくりと身近な環境ケアへの参画のための理論と実際

ロジャー・ハート[著] 木下 勇・田中 治彦・南 博文[監修]IPA(子どもの遊ぶ権利のための国際協会)日本支部[訳]

■A4変型(縦240o×横210o)/並製240頁ISBN4-89491-12-8 C0037 2000年10月刊■定価:本体3200円+税/〒380円
―日本語版によせて― 
 
 この本が日本語に翻訳されて出版されることになりたいへんな名誉を感じています。しかし、コミュニティの環境改善に子どもたちが参加している日本のすばらしい活動事例を最近まで知る機会がなく、この本で紹介できなかったことを申し訳なかったと思います。残念ながらユニセフの調査時には限られた予算のなかで日本を訪れることができなかったからです。また、海外の者には日本の活動事例を翻訳・紹介しいる記事を手にいれることがそう簡単にはいかなかったのです。

 最近になって千葉大学の木下勇氏とIPA(子どもの遊ぶ権利のための国際協会)日本支部代表の奥田陸子さん、IYF(国際青少年育成財団)日本事務局の援助によって日本にも数多くのプロジェクトがあることを知ることができました。読者の方々には、私が知ることができたような、この日本で活発に展開されているこれらの重要な活動についても知っていただきたいと思います。

 例えば、IPAの努力によって自分たちの責任で自由に遊ぶ場が創り出されていること、東京シューレのように子どもたちによる民主的な自治による学校の試みがなされていること、美術教師が子どもたちと都市の環境づくりに取り組んでいる例が増えつつあること、児童館の運営に子どもたちが参加している例など。世田谷区の住民参加のまちづくりの試みはとりわけ目をみはるほど元気なものであり、子どもたちが孤立したグループでいるのではなく特別な関心をもって、コミュニティの他の年齢層の人々とともに真面目に参加している姿が見られました。それはまさに市民の姿だと私の目には映りました。

 これらの日本における工夫された活動について、私たち英語圏の者はもっと知る必要があります。もしこの本が将来改訂される段になったら、日本の活動事例がもっと強調して掲載されるべきと考えています。それまでの間、民主的参画を理想とし、子どもたちとともにますます改良したやり方で活動を重ねることによって徐々にその理想に近づくことができると信じている人たちに本書が役立つならば本望です。このような意見交換の場に私を参加させてくれた日本の仲間たちに感謝申し上げます。

 子どもたちを市民として考えるという、わくわくする挑戦をどのように起こしていくことができるか、皆さんとともにさらに学び続けることを期待して。

  2000年9月11日
                                      
            ロジャー・ハート
―刊行にあたって―

 最近、「子ども国会」、「子ども会議」、「子ども探検隊」などなど、子どもを巻き込んだ催しものが注目されている。私自身も子どもの参加を謳い、まちづくりの活動を行なってきたが、ロジャー・ハート氏から送られてきた本書の前身にあたるブックレット「子どもの参画」を読んだときに強い衝撃を受け、自問自答し、深く反省した経験をもっている。私たちが行なってきたのは単に表面的なことではないか、参画のはしごの「操り」「お飾り」や「形だけ」といった、著者が言うところの「参画でない」とする段階ではないか、と。しかし、彼がはしごの頂点に描く「子どもが主体的に取りかかり、大人と一緒に決定する」という段階については「そんなことはできっこない、絵空事ではないか」という疑念もどこかに感じ腑に落ちないところがあった。ところが、その後に刊行された本書の英語版を読み、紹介されている感動的な事例からそれが単なる絵空事ではなく現実的なことだと知り、彼の理論の言説が今日の時代において、いかに重要かをよく理解できたのだった。

 ハート氏が日本語版に寄せた一文では、日本の事例に惜しみなく賞賛を送っているが、私には素直に喜べない。先述したようにわがことへの反省も含めて、私たちの社会にはまだまだ「子どもの参画」を真剣に受け止める土壌が育っていないのが実情である、と考えざるを得ない。まだ大人には子どもを信じていないところ、一個の人間として見ていないところがあるのではないか。大人が直面している課題についても、子どもにきめ細やかな情報を与えて、一緒に考えるパートナーになっていないのではないか。また環境の改善に身近なところから取り組もうとしても、子どもの参画以前に日本では住民自身の主体的な参画ができていないのではないか、という声もしばしば耳にするところである。

 たしかに、国際的に比較しても社会的関心や政治的関心が低い国民像、青少年像が幾度かの調査で明らかになっている。環境に関わる主体の喪失はとりわけ日本で顕著な問題ともいえる。しかし、子どもが動き出せば、それに触発されて大人も考え出すかもしれない。

 本書で紹介されている事例は南の国々の例も多いが、言うまでもなくこれを開発教育の領域から一面的に把握するのは正しくない。本書の事例のなかには、子どもが親と一緒に観察やインタビューをして環境と生計との関係を調べる過程で、社会的に地位が低いと見なされがちな仕事の価値評価がとくに高まったという話がある(一方、一番評価が低かったのが大学教授の職場という話もあるが)。世間の価値観に左右されることなく、子どもたちが環境と人間の営みとの関係の本質を見抜き、行動することができるならば社会の問題解決の方向性を示してくれるであろう。

 それには優れたアニメーター、ファシリテーター、ストリートワーカーといった中間者としての専門家の役割が重要となろうが、そういう専門家のいないところでは学校の教師がその役割を演じてもよいし、地域リーダーが担ってもよい。また都市計画家などいろいろな専門家の集まった集団がその役割を担ってもよいだろう。そのような活動を通して、子どもと環境やコミュニティをつなぐ新しい専門家が社会的に求められ認知されていくのである。

 今日のグローバル化、競争主義という全世界を覆う経済の流れに対して、ハート氏はそうした流れがコミュニティを破壊し、ゆくゆくは民主主義、地球の環境をも脅かすことになるのではないか、と強い懸念を抱いている。それに対して資源管理の権限を地方へ分散し、コミュニティベースの持続可能な開発モデルを示しながら、そこで果たす子どもの参画による積極的な役割に着目し、その力によって未来の地平を切り拓いていこうと提言している。こうした米国がリードする世界経済戦略に正反対のモデルが、環境と子どもをベースに組み立てた結論として提起されていることを、私たちはいまの時代において深く受け止める必要がある。

 ハート氏とは、彼も深く関わっている機関誌(「Children's Environments Quarterly」)に私たちが取り組んだ『三世代遊び場マップづくり』の記事が掲載されたりして、お互いに名前を知ってはいたが、初めて会ったのは1988年のことである。当時のニューヨークでは荒廃した地域の問題が話題になっていて、都市計画家もお手上げという犯罪の危険も高い地区があった。その地区の改善のために、学校をセンターにして子どもたちと荒れた土地を耕し菜園を造っている活動を案内してくれたのがハート氏であった。その印象は机上の理論だけではなく現場で子どもたちと心を通い合わせるアクティブな科学者の姿としてやきついた。本書がユニセフから委託された調査に基づくものであったとしても、そうした雰囲気を随所に本書から感じ取ることができる。

 行動する科学者として、彼は本書のなかで強いメッセージを私たちに投げかけている。日本の社会のなかでこれをどのように受け止めて、実践に活かし、状況を変えていくか。今度は私たちが行動に移す番である。地球環境の問題や子どもをめぐる環境の問題を考え、子どもを持たないことにしているという若い夫婦にしばしば出会うことがある。将来に対するこうした潜在的な不安はますます少子化を推し進め、未来を灰色のものにしてしまう。しかし、身近なところから子どもたちと状況を改善していく試みこそ、持続可能な環境づくりへとつながるとハート氏は指摘している。この日本語版の刊行をきっかけにして、わが国での「子どもの参画」論議が活発になり、少しでも実践の活動が広まっていくことを期待したい。

 監修者の一人として
                                      
                  木下 勇

―訳者あとがき―

 最近の日本の子どもたち、とくに十代の子どもたちの行動は大人からみると「不可解な」といわれることが多くあります。事実、子どもたち自身も人を傷つけるような行為をよいと思ってしているわけではなく、自分で自分の心が抑制できず「キレてしまった」のだと言います。その心の荒れはほんとうに気になるところですが、子どもたちのいまの状況は、子どもが本来もっているはずの力を大人社会が認めていないところに大きな原因があるように思います。

 子どもの本来の姿はもっともっと生き生きしたものであり、大人がその姿からエネルギーをもらう、というのが健康な人間社会の姿でないでしょうか。IPA(子どもの遊ぶ権利のための国際協会)は、子どもが本来的にもっているはずのエネルギー、探求心、想像力や創造力を遊びを通してできるだけ引き出し、社会に活気を与えてくれる存在になってくれることを願って活動してきました。

 ロジャー・ハート氏が本書を出版されたのが1997年。IPA会員である氏の本を機関誌で知り、さっそく取り寄せました。以前に『アウトドア・クラスルーム』(公害対策技術同友会刊)をIPA会員有志で訳した経験もあり、ぜひ本書もIPA会員の手で日本に紹介したいと思って、すぐに取りかかりました。しかし、出版までに3年の歳月がたってしまいました。刊行が予定より大幅に遅れたのは、内容が斬新であり分野も多岐にわたっているため、著者の考えを充分理解し適切な日本語に訳出するのに思いのほか時間を要したこと、またこの間にIPAがアジア・太平洋地域交流集会を日本で開催したため時間をとられたことなどの理由によるものです。

 とくに翻訳にあたっては、次の二つの言葉についてどのような日本語がもっとも相応しいか、確定するのに最後まで悩みました。本書の内容を理解するうえで基調となるキーワードだと思われるので、ここで改めてふれておきます。

 その一つはparticipationを「参画」と「参加」に使い分けたことについて。
 タイトルからして、participationという語が使われています。また、本をひもとくと、随所にこの言葉が出てきます。これを普通に訳せば「参加」となりますが、いままでは対等に扱われていなかった立場から積極的、自発的に参加しようという場合には、「男女共同参画」の言葉が最近よく使われるように、「参画」の方がその意味はよく理解できよく伝わるように思います。本書で言わんとしているのは、まさに「子どもの参画」、つまり意見表明の自由、表現の自由の権利をもった一個の人間として社会に参加できるはずの子どものことを扱っているのですから、タイトルは「参画」にすることに決めました。しかし、文の内容からいって、participationという言葉を全部「参画」に機械的に置き換えるとかえっておかしくなる部分も出てきました。使い分けはなかなか難しかったのですが、それが使われている場面の内容から判断して、両者を使い分けました。

 二つめはadolescentを「青年」とすることと、それに関連した年齢対象を表現する用語ついて。
 第1章の最初の頁に本書で使われている年齢に対する言葉の使い分けについて説明があり、脚注で区分を示しています。
 pre-school children=6歳以下、young children=6〜9歳、older children=9〜12歳、adolescents=12〜14歳。
 このほかに、本文の中にはpre-adolescents, youth, young people, teenagers,older teenagersなど、また「childhood」「adolescence」「early adolescence」「middle adolescence」など、さまざまな言葉が使われています。子どもの権利条約では18歳までの人をすべて「子ども」と呼んでいますが、本書では扱う対象を14歳までに絞った、と著者は書いています。世界の大半の子どもは15歳ぐらいまでには何らかの仕事についており、環境問題についても理解力は大人並みに近づいているので、指針などは大人向けのものがそのまま使えます。しかし14歳以下の子どもは発達途上にあるので特別の問題を考慮に入れる必要があります。本書はまさにその年代、つま
り14歳までの子どもたちに焦点を当てて書いた、と言うのです。

 そこで、pre-school childrenは「就学前の子ども」young childrenは「年少の子ども」、older childrenは「年長の子ども」、adolescentsは「青年期の子ども」としました。日本語で「青年」といえばもっと年齢の高い人のことを指すのが普通なので、この言葉を使うことで誤解を招くのではないか、とずいぶん迷い、関係者の間で議論しましたが、本書で扱っている12〜14歳のことをadolescentsといっている場合は「青年」ではなく「青年期の子ども」と訳すことで、この年代の子どものイメージに近づけるようにしました。pre-adolescentsは「小学校高学年ぐらいの子ども」としました。日本では、一人前の大人になる年齢は他国に比べるとかなり遅いので、文化的、社会的に異なる国のことを語ることの難しさがこのことからも理解していただけるかと思います。

 ともあれ、こうして日本語版ができあがったことを、刊行前から待望し声援を送って下さった方、そして読者のみなさんとともに喜びたいと思います。かなり丁寧に訳したつもりですが、誤訳、不適切な訳もまだ随所に見られるかもしれません。間違い等に気づいてくださった方は、ぜひご指摘下さい。また本書の内容についても忌憚のない感想やご意見をお寄せいただければ幸いです。

 日本の文部省も、最近は今までの教育パターンから抜け出して新しい教育の方法をいろいろ模索しています。来年度から総合的学習も本格的に始まろうとしています。そういう学校教育の枠のなかで新しい教育を模索しておられる方々にも、また学校外の地域で自主的に子どもたちといっしょに活動している方々にも、本書がさまざまに利用していただけるものと期待しています。そればかりではなく、今までは大人だけで環境問題や地域づくりの活動をしてこられた方々にも本書を読んでいただき、今後ぜひ子どもとともに活動していただいて、その楽しさと意義深さに気づいていただきたいと思います。本書を手元に置きながら子どもとともにいろいろな実践を重ね、民主的な社会づくりを展開しようとする人の輪が日本じゅうに広がることを願っています。

 本書の訳出・出版にあたっては、巻末に略歴を紹介した監修者、訳者の他に、次の方々にも関わっていただきました。蒔田政枝さん、林田友美子さん、渡辺りかさん、花立都世司さん、倉石一郎さん、池井経子さん、永田法子さん。以上の方々のなかにはIPA会員ではない方も含まれています。これらの方々には部分的な翻訳のお世話になりましたが、全体を通して訳の統一を図るために大幅な修正をさせていただいたことをここでお断りさせていただきます。九州大学の南博文研究室の大学院の学生の方々にもご協力をいただきました。

 また、今夏7月の日本語版刊行を前にしたシンポジウムでは国際青少年育成財団(IYF)日本事務局のご尽力でロジャー・ハート氏の講演会が実現し、大きな励ましになりました。そのハート氏からは多忙にもかかわらず、今回の出版のためにわざわざオリジナルの図版・写真の送付とともに「日本語版によせて」を書いていただきました。さらに萌文社の永島憲一郎さんには、訳者の納得のいくまで根気づよくつきあい面倒な編集作業の労をとって下さいました。財団法人住宅総合研究財団には本書の出版に対して助成していただきました。
 こうして多くのみなさんのお力を借りて、本書が刊行されたことをここに記して、あらためて感謝の意を表し厚くお礼を申し上げる次第です。

 2000年9月
                                     
   IPA日本支部代表  奥田 陸子
―著者・監修者・訳者プロフィール―

■ロジャー・ハート(Roger A. Hart)
 1947年、英国サセックス州に生まれる。ニューヨーク市立大学教授(発達心理学、環境心理学)。同大学人間環境センター・環境心理学大学院生教育プログラム担当。子どもの環境研究グループ主任。とくに子どもに関する発達理論の環境デザインへの適用と子どもの環境教育を専門としている。また環境教育の必要性を持続可能なコミュニティづくりから「子どもの参画」の重要性を提唱し、この研究分野の世界的な第一人者として注目されている。現在ユニセフの協力を得ながら世界各地を調査しアドバイザーとしても精力的に活動し、五度の来日を通して日本の子どもたちのまちづくりやコミュニティの関わり方に強い関心を寄せている。

■木下  勇(きのしたいさみ)
 1954年、静岡県に生まれる。千葉大学園芸学部助教授。1978年、東京工業大学建築学科卒業。1984年、同大学院博士課程修了、工学博士。(社)農村生活総合センター研究員、千葉大学園芸学部助手を経て1995年から現職へ。子どもの遊びの視点からのまちづくり、住民参加のまちづくり、参加のためのワークショップ手法、都市開発法の研究や活動を専門とする。
 著書に『遊びと街のエコロジー』(丸善)、『三世代遊び場図鑑』(共著、風土社)、「まちは子どものワンダーランド』(共著、住宅総合研究財団住教育委員会編、風土社)他。

■田中 治彦(たなかはるひこ)
 1953年、東京都に生まれる。立教大学文学部教授。社会教育、国際教育研究者。1976年東京大学教育学部卒業、同大学院博士課程を修了。(財)日本国際交流センター、岡山大学教育学部助教授を経て1997年から現職へ。青少年期の社会教育に関して歴史研究、比較研究を行ない、現代的課題を提言する。また開発教育協議会の設立にも参画し、国際理解、開発教育にも提言・執筆活動を行なっている。
 著書に『学校外教育論』(学陽書房)、『南北問題と開発教育―地球市民として生きるために―』(亜紀書房)、『ボーイスカウト』(中公新書)、『少年団の歴史―戦前のボーイスカウト・学校少年団―』(共著、萌文社)他。

■南  博文(みなみひろふみ) 
 1957年、広島市に生まれる。九州大学大学院人間環境学研究院教授。専門は、環境心理学・発達心理学。1985年、米国クラーク大学大学院心理学科修了。広島大学教育学部助手、助教授、九州大学教育学部助教授を経て1998年から現職へ。日常世界をフィールドとして、原風景、居場所、都市の深層分析、生活世界のデザインなどをキーワードとする人間環境学を模索中。
 著書に『人生移行の発達心理学』(北大路書房)、「子ども時代を生きる」『講座生涯発達心理学第3巻』(金子書房)、「Theoretical perspectives in environment-behavior research」(Kluwer Academic/ Plenum Press)他。

■奥田 陸子(おくだりくこ)
 1934年、東京都に生まれる。IPA日本支部代表。1956年、富山大学薬学部卒業後、同大学薬学部そして名古屋大学医学部に勤務。その間にフランスへ留学。1964年7月に双生児出産を契機に退職。その後は大学の非常勤講師や科学書の翻訳に携わり、自らの子育てとともに子どもが育つ地域環境をよりよくする活動に専心。1982年から天白公園を考える会(後に「つくる会」と改称)に参加し、1990年にIPAの日本代表となり現在に至る。
 訳書に『薬学の歴史』(パシェコ著、クセジュ文庫)ほか4冊のフランス語の図書の邦訳。英文図書の邦訳としては『ニュージーランドに見る子どもの遊びと遊び場』(E.ハナン著、IPAなごや訳、萌文社)、『アウトドア・クラスルーム──遊びから環境教育までの校庭づくり』(イギリス・教育科学省発行、IPA日本支部訳、公害対策技術同友会)。その他編著者としてまとめあげた『お〜い、天白公園』(天白公園つくる会編著、愛知書房)がある。

■岩田 敦子(いわたあつこ)
 1960年、愛知県に生まれる。編集者。名古屋CDフォーラムに所属。1983年、名古屋大学文学部卒業後、愛知県立東海南高等学校の英語教師として勤務し、1987年から1年間フランスへ語学留学。1989年から名古屋CDフォーラム発行の地域文化雑誌『C&D』に携わり現在に至る。『C&D』誌上ではIPAのメンバーであるスウェーデンの彫刻家パーシー・アンデルソン氏とボー・トレン氏の講演(「子どもの環境の中の彫刻」)、第2回IPAアジア太平洋交流名古屋集会でのロジャー・ハート氏の「子どもの生き生きするまちづくり――子どもの参加の視点から」、ブライアン・アシュレイ氏の「子どもの発達と親・地域の役割」などの講演を紹介している。

■苅田 知則(かりたとものり)
 1973年、愛媛県に生まれる。高知リハビリテーション学院言語療法学科講師。1995年九州大学教育学部卒業。同大学院博士課程を単位取得後退学。子どもの隠れ場所・居場所に関する環境心理学的研究、参加観察をはじめとした質的研究法や解釈を専門とする。北九州市立児童相談所での非常勤心理判定員としての経験を生かし、現在は言語聴覚士育成校にて教鞭をとるかたわら、高知市の3歳児健診にて言語発達の相談も受けている。
 著書に『カタログ 現場心理学』(共著、金子書房)。
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