山形県連合青年団史 

  目  次

1.戦前の山形県と青年団      
2.農村恐慌の時代に        
3.満蒙開拓青少年義勇軍      
4.国民精神総動員         
5.出征−戦地に赴いた若者たち   
6.教練・青少年団の結成      
7.戦時下の子ども・青年・女性   
8.無言の帰還           
9.戦後の山形県と青年団      
10.新生青年団と青年学校     
11.六・三制の出発と民主主義   
12.高松宮御来県と青年団の組織化 
13.戦争犠牲者への対応      
14.戦後山形県連合青年団の結成  
15.連合青年団の出発       
16.グループワークの導入     
17.レクリエーションの普及と指導者講習会 
18.戦後民主主義への模索     
19.上山青年会館の建設      
20.青年団と福祉活動       
21.産業開発青年隊        
22.公明選挙運動         
23.政治教育−民主政治確立のための小団学習 
24.山形県における共同学習論の成立 
25.ホンダドリーム号−オートバイレース 
26.青年団と地域活動       
27.青年学級と生活記録      
28.新生活運動−地域・生活の見直し 
29.「女子活」のあゆみ        
30.集団就職と出稼ぎ       
31.都市化と青年団        
32.体育レクリエーション大会から青年大会へ 
33.日本青年団協議会全国青年大会への参加 
34.平和運動への取り組み     
35.農業問題と環境保全・国土緑化運動 
36.国際交流の歴史        
37.山形県青年問題研究集会と地域活動の蓄積 
38.青年団の現代化−多様な活動形態へ 
39.山形県青年団OB会      
山形県青年関係文献一覧       
歴代役員名簿              
編纂後記


編纂後記

 山形県の青年団について関心を抱いたのは、学生時代のことだった。社会教育概論を担当された故岡本正平先生(元社会教育連合会事務局長)が戦後青年団のいきいきとした群像を話され、「戦後山形県の社会教育は重要である」旨をお話されたと記憶している。
 その後、研究テーマを寒河江善秋とし、論文完成にせまられた私は、上野発の夜行列車で早朝の山形駅に到着し、駅待合室で図書館の開館を待った。文献を読み、資料を確認する過程で戦後青年団の担い手となった多くの方々に直接お話を伺う幸運に恵まれた。
今、考えても恥ずかしい気持ちであるが、聞き取りに伺ったお宅で、資料を拝見し、食事をいただき、しばしば泊めていただいた。青年団OB会にも特別参加を許され、歴代の団長、戦後の県社会教育行政を担った方々の前で紹介され、貴重なお話を伺った。さすがに、「ここまでしていただくのは恐縮です」との言葉を発したときだったと思う、「青年団と同じで、これは繰り返しなんだよ」という言葉をいただいた。20余年が経ち、教員となり、また親となった今の私は、あのときの山形県青年団OB会の方々のあたたかい対応と想いを少しは理解できる歳となった。
 昨年3月、急遽、日本青年館の会議室によばれ、編集委員会の方々から「来年、6月、天童で全国青年団OB会を開催するので団史をつくりたい、ついては執筆をよろしく」というお話を伺った。そのあまりの突然さ、時間・予算を含めたアバウトさに愕然とした、というのが正直な気持ちであった。間に合うのだろうか、という自問の一方で、かつて幼稚な学生であった私に思い切り対応してくださった故人となられた方々の表情が浮かんだ。かくして、その10日後には、資料確認と執筆作業の方向性について調整する為、早春の山形にむかうことになったのである。
 戦後の山形県社会教育と青年団活動は文字通り全国の中で先駆的であり、独創的なものである。グループワークを共同学習に定着させたすじみち、社会的な弱者に対するたすけあいの精神と行政の枠を超えた連携のありかたは、そのまま現在の地域教育や子育て支援に応用されるべきものであるし、戦前から丁寧につみあげられた伝統と反省のうえに成り立っている事を改めて確認した次第である。同時に、これまでなぜ山形県連合青年団史が刊行されなかったのか、という思いがある。誤解を恐れずにいえば、それは謙虚さと同時に、いささかの鷹揚さがあるのかもしれない。貴重な足跡が世代交代の中で確認されず、伝えられることもなく消えていくことに対する危惧を感じた一年でもあった。
 地域青年団は高度に分業化が進んだ今の社会ではその役割を果たし得ない、という指摘がある。しかし、子どもと若者の居場所の必要性と社会参加のすじみちが問われ、地域教育のあり方が模索されている今だからこそ、単なる歴史ではなく、新たな山形の「青年団」活動が求められているように思えてならない。    
(矢口徹也)