目 次
はしがき 3
第T部 家族を育む「住まいづくり」 13
第1章 「住まいづくり」は家族づくり 14
家族について 〈山本〉14 住まいについて 〈木村〉20
一、父と娘のわだかまりを解きながら〈山本〉29
二、家の建直しで家族を立直す〈大竹〉33
三、「住まいづくり」のチャンスを活かして〈木村〉37
四、荒れていた子どもが変わってきた〈中島〉39
五、協同の暮らし・グループハウス〈岡沢〉42
第2章 家づくりの見方を変えよう〈山本〉 46
一、住み手の考えや行動を引き出すのも大切〈木村〉55
二、人生設計や暮らしをどう考えるか〈木村〉57
三、ワークショップでイメージしてつくる〈大沢〉60
四、あえてリフォームをやめた理由〈木村〉67
五、私の住宅設計の進め方〈山本〉73
アルコーブ
変わる建築家像〈大沢〉66
千差万別の人間の暮らし〈金田〉72
第U部 それぞれの「住まいづくり」のなかで 79
第3章 夫婦のコミュニケーション〈新見〉 80
一、共働きの子育てには部屋数よりも広がりを〈山本〉87
二、「友だち」夫婦〈新見〉89
三、日々の暮らしを楽しんで──それが今は思い出〈新見〉91
四、家が建ったら別れるつもりだったのに〈大沢〉94
[アルコーブ]
コミュニケーションは自分に素直に〈新見〉93
第4章 子どもの自立と子育ての環境〈佐藤〉 97
一、子どもたちが自主的に部屋分け〈中島〉103
二、一〇坪で六人暮らしのフレキシブルな家〈山本〉106
三、専用スペースと共有スペース〈木村〉109
四、子育て・子育ちの環境〈佐藤〉112
五、子どもにとっての「自分の家」〈おおだいら〉123
六、父親の育児参加〈永井〉127
第5章 高齢を生きる・ハンディを生きる〈大竹〉 129
一、日溜まりがおばあちゃんの居場所〈浅川〉134
二、頼り甲斐のあるおばあさん〈新見〉137
三、若い障害者と高齢者が自立して暮らす〈大竹〉140
四、障害のある姉妹が一緒に住む〈新見〉143
五、母を看とる──ホスピスで過ごした日々〈佐々木〉147
六、残された日々を家族と過ごして〈新見〉150
七、夫婦二人向きあって暮らす〈大竹〉155
[アルコーブ]
人間の薬は人間〈新見〉153
第6章 家族をつなげる暮らしと文化〈木村〉 158
一、わが家の暮らしの工夫〈おおだいら〉166
二、気遣う心が育つ三世代の暮らし〈金田〉169
三、オープンキッチンの大テーブルが家族の「交差点」〈木村〉173
四、つましい食事でも自然素材で豊かに生きる〈おおだいら〉179
五、民家の持つ意味〈細野〉182
[アルコーブ]
「キレる子」の話〈木村〉177
身体ごと自然を感じましょう〈新見〉181
威厳と神秘〈木村〉188
第7章 地域をつくる〈細野〉 190
一、子育てを通して地域とかかわる〈おおだいら〉197
二、集合住宅の開放性と柔軟性──暮らしの目で公団住宅を振り返る〈新井〉200
三、賃貸マンションの暮らし〈永井〉211
四、緑豊かな団地の雑木林〈浅川〉213
五、安心して住み続けられるコミュニティGあるじゅH〈岡沢〉215
六、地域住民でNPOの介護支援〈木村〉222
[アルコーブ]
コンビニにはない魅力〈新見〉199
地域のかかわりを大切にした介護保険を〈大竹〉220
あとがき〈木村〉227
執筆者プロフィール 231
本文イラスト/児玉 美紀
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はしがき
「住まいづくり」は生き方づくりです。そして、家族づくりです。それは、住む人が自分たちの暮らしを見直してひとりの人間としての生き方と、家族のあり方をよりよくすることなのです。私たちがそう考えるのは、住宅の設計をしてきてたくさんの生き方づくりの模索や家族づくりのドラマを見てきたからです。
新築でも増築でも改造でも転居でも生活環境を変えようとするとき、つまり「住まいづくり」をするときには、誰でもその気持ちの奥に大切な本当の目的を持っています。それは誰もが自分らしく、いきいき生きるために家庭生活と家族関係をもっとよくしたいという願いです。
そこに住む人たちが、それぞれの「住まいづくり」のなかでこれからの生活を考え、皆で何度も話しあい、絡んでいたわだかまりを解きほぐして自分たちの思いが実現する喜びを共感します。そして新しい住まいでしみじみと居心地のよさを感じ、お互いが共に生きていくかけがえのない存在だったことを実感できるなら、それは素晴らしい「住まいづくり」ができた証です。
近頃、ますます私たちが気になって仕方ないのは、家族が危うくなって生きにくくなっていると思えることです。夫婦の間の暗黙の亀裂、大人になりたくない子どものいらだち、年を重ねて得た屈辱と寂しさ。とても家族では救いきれないばかりでなく、家族が原因の心の傷のいかに多いことか。
家族が崩れ、家族から逃げたくなり、家族を持ちたくない人も増えてきているのです。それは、古い家族関係からの脱却という面もありますが、それ以上に人間性を粗末にしても働くことを追求して効率化や競争を煽り、家庭を消費市場とみて商品攻撃を仕掛けてくるという企業社会のゆがみや、地域の変貌に、新しい家族づくりの未熟さなどが重なっているためと思われます。
しかし、いうまでもなく家族は人間の生存に欠かすことはできません。家族ができて新しい生命が生まれ、家族の愛があって生命は育まれます。また人間らしく生きるために、安心できる住まいを持ち、生命を守るために共に暮らして支えあう関係を求めます。家族はいわば、「巣」を持つ関係であり、「ねぐら」を共にする関係です。
また、人は生涯にさまざまなかたちでの家族を求めます。子どもが育つには家族は不可欠ですし、成長して自立すれば離れていても思いのつながる家族となり、いずれ自ら求めて新しい家族をつくり、その家族のあれこれの葛藤や出来事のなかで変化、発展し、ときには血縁のない家族や家族同然の関係を求めます。
いずれのときでも、人は幸福な家庭を望み、望ましい家族をつくりたいと思っています。それは誰もが自分に正直に生き、素直に理解しあい、気を許して支えあう家族です。私たちは、本当は誰でもそのような家族を持ちたいのだといつも感じてきました。
「住まいづくり」こそ、そのように生き方を見直し家族づくりを進めていく絶好の機会だと私たちは考えています。ところが一般にはなかなかそうなっていません。なぜだろう。それは、住む人たちが家のこととなると総合的な判断を自主的にすることになれてなく、大量に流れてくる宣伝や情報に振り回されて、住む人の立場に立った本当の「住まいづくり」の仕方がどういうものか分からなくなっているからではないでしょうか。
多くの人たちは、それが自分たち独自の生活環境の改善であり、一般的に誰でも当てはまるような解決ではないという意味を知らないままでいるからです。つまり住む人の生活を見直し、その家族の生き方、暮らし方にもっともふさわしい住まいをつくり出したり、見つけ出したりするという、本当の「住まいづくり」をしないからです。
いまこそ、「住まいづくり」の見方や、やり方を変えなければなりません。それに応える姿勢と立場と能力を持った専門家を各地に増やさなければならないと思っています。住む人の主体性が貫かれ、その住む人の立場に立って応えるつくり手たちとのよい関係ができていくならば、それは地域を再生し、豊かな文化を培うことに役立っていくに違いないと考えています。またそのなかで追求されるよりよい家庭づくりは、自立して共に生きる新しい家族の人間関係を育んでいくに違いないと考えています。
この本の書き方について、はじめに二つのことをお断りします。
ひとつは、「家」や「家づくり」と「住まい」や「住まいづくり」とを区別して使っていることです。「家」という場合は、人がつくる建築物として捉えた家屋(住宅)のこととし、「住まい」という場合は、人が住む環境として捉えたすみか(住居)のこととしました。また「家づくり」は家を建築すること、つまり材料などを加工して地上に家屋を実現することを表わすのに対して、「住まいづくり」は人がよりよく生活するために住環境を改善することを表わすことにしました。
ここでいう「住まいづくり」には家を新築することだけでなく、借りたり買ったり建てたりして住み替えることや、増改築をしたり部屋の使い方を変えたりして住みやすくすることなどのすべてを含んでいます。そしてこの本では「家づくり」ではなく「住まいづくり」について書いているのです。
いまひとつは、この本は「家族と住まい研究会」の五年間の研究活動の成果であり、分担して執筆しているということです。新建築家技術者集団東京支部の有志の呼びかけによって一九九七年春に研究会が結成され、集まった人たちが、毎月テーマを決めて報告し、話しあって考えを深めてきました。
回を重ねていくうちにたくさんの事例と思いが募ってきて、研究会で考えてきた内容を広く人々に問うてみようと、本にまとめることにしました。文章も皆で手分けをしましたので、事例や〈アルコーブ〉(コラム)は書き方も不揃いですが、各章の頭の文章については少し皆で検討して内容を整えるように努めました。
読み直してみると、昨今のはげしく変化する事態の奥にある本質を掴みきれずにいたり、例や家族の個別のやりとりのニュアンスがうまく表現しきれないでいるもどかしさも残ります。しかし、私たちが住宅の設計者として実務の現場で人々の真剣な生き方づくり、家族づくりの場面に深くかかわってきたからこそ報告できる具体的な実例と、そこから感じとり、考えてきた意見は、「住まいづくり」の本質を浮かびあがらせる大切なヒントを秘めているものと確信しています。
「家族と住まい研究会」を代表して 山本 厚生
二〇〇二年 六月
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あとがき
最近、うれしいことがありました。
設計の途中で「そこまでぶつかりあって一緒に暮らすのが果たしてよい選択でしょうか」とまで話題にした二世帯同居の住まいが竣工しました。この勉強会での話しあいを経験していなければ、設計者としてどのように対応してよいのか一面的な判断しかできず、中止を強く進言していたと思います。
二世帯の考えがあわないのです。たくさんの情報と噛みあわない価値観や要求を決定する自信もなく各自が疲れていき、議論から喧嘩になり、ときには収拾がつかなくなっていました。それでも一緒に住みたい、一緒に子どもの成長や親の老いを見守りたいと何とか立ち直り、ある程度見切り発車でしたが工事が始まりました。ところが、できていく過程と空間を目の当たりにしていくうちに、いちばん懸念していたお父さんが納得されてきました。関係者が力をあわせてその家族のために一つひとつ確認しながらつくっていく過程、厳しくも尊重しあいながらつくっていく職方の顔と手の跡が感じられる仕事、工業製品に頼るのではないそんな家づくりの姿勢が心を通わせたのかもしれません。家族の気配の分かる、視界の拡がる空間をどうするかも大きなテーマでしたが、お父さんも気に入ってくださったようです。
だんだん楽しそうに対応してくださり、「家づくりがこんなにたいへんだとは思いませんでしたよ」「これからはホームづくりに専心しますよ」と引渡し時には宴まで設けてくださったのです。本当に感激でした。そして、いまはあれ? と思うくらい、それも訪問するたびに家族の親密感が増している感じです。
「住まいづくり」は、家族それぞれが主役になり、自分と相手、近隣や環境までを見つめること、設計者、施工者も含めてそれぞれがそれぞれの立場でコラボレーションを目指していくこと、そして出来上がったときがまた新たな「住まいづくり」、家づくりの始まりだという思いを再確認しています。
また、「住まいづくり」を通して家族を見直そうとし、ぶつかりあいながらもお互いを理解しあっていくことでお互いがより大切になる。自分の居場所が確認でき、その舞台が実現しその充足感によってさらに、生き生きしていく……。設計者としてこのような過程を共有でき、新しい環境での前向きな暮らしを目の当たりにできるのは本当にうれしいことです。
「住まいづくり」が取り持つ縁で毎年親戚が増えていく感じ。私たちの仕事は、まじめにやるほど労苦の多い仕事ですが、これだからやめられない……のです。
五年にわたる勉強会を通して、メンバー各人が体験や思いを包み隠さず話しあい、関係図書や資料を調べていくなかで、それまで持っていたわだかまり、漠然としていた「住まいづくり」の意味や家族の意味、個人として設計者としてのあるべき姿が少しすっきりとしてきました。また、建て主一人ひとりとの「住まいづくり」を通して、人としていかに多くを教えられ鍛えられて、貴重な体験をさせてもらっているかをあらためて実感しないわけにはいきません。メンバーのだれもが同じ思いでいる筈です。
そんな思いを、これから家を建てようとしている人たちや、先の見えない慌ただしい社会のなかで閉塞気味の家族、さらには家づくりに携わっていこうとする方たちに少しでも伝えたいと、本にまとめることになりました。
それぞれ本業や別の活動を抱えたメンバーのため、前進と後退を繰り返す遅々とした編集作業と話し合いに根気よくお付き合いくださった出版社の永島憲一郎さん、三年もの間、話し合いの記録として毎月テープ起こしをしてくれた廣田文子さん、ほっとするイラストを提供してくれた児玉美紀さん、本当にありがとうございました。
最後に、匿名のエピソードという形ではあれ、ご本人に許可なく登場させていただいた多くの建主の方々にはご容赦とあわせて心からの感謝とお礼を申し上げます。
[記・木村真理子]
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