現代版 野あそびガイドT
野あそびいっぱい 植物編

  目  次

刊行によせて(瀬野哲裕) ……3

T 自然ふれあい・伝承あそび 7

色探しサイコロ……8
色探しお弁当……10
自然の妖精にお弁当プレゼント……12
匂いおみくじ……14
イロ・アルド・ダ・ピンチ……16
クイズで探そう自然の妖精……18
ニックネームつけゲーム……20
グループ・ジェスチャー……22
的投げ自然借り物ゲーム……24
野あそび祭りのゲーム屋さん……26
落ち葉で作るパーティー会場……28
落ち葉のお金でお店屋さん……30
落ち葉のプールあそび……32
草花あそび……34
草笛アラカルト……36
現代版竹笛づくりとコンサート……38
万華鏡で自然とあそぼう……40
ひみつ基地づくり……42
どんぐりとあそぼう……44
たき火広場……46
フィールドすごろくゲーム……48
野山の福笑い……50
 目を閉じて見えてくるもの−その1−……52

U 自然観察 53

タンポポ−見てあそぶ(1)……54
タンポポ−見てあそぶ(2)……56
タンポポ−嗅いで触ってあそぶ……58
タンポポ−味わってあそぶ……60
タンポポ−作ってあそぶ……62
グループの木……64
ミクロ葉っぱの図鑑づくり……66
自然の色とピッタンコ……68
指先ドキドキ探偵……70
手ざわりビンゴ9マス……72
イラストビンゴ25マス……74 
ビンゴで楽しむゴミ拾い……76
葉っぱのシルエット探し……78
匂いカプセル……80
なんだろう探偵団……82
緑のてんじょう観察……84
雑草のポット植え……86
変身アリンコ冒険……88
冬のロゼット体験……90
冬芽の顔探し……92
自然伝言ハイキング……94
野草ワイルドクッキング……96
 目を閉じて見えてくるもの−その2−……98

V 自然工作・絵画 99

小枝のペンダント……100
木のせんたくばさみ工作……102
押し花工作……104
自然の落とし物工作とカルタとり大会……106
モールでつくる林や森……108
イミテーション・リーフ……110
葉っぱ星人大図鑑づくり……112
超超簡単 草木染め……114
葉っぱのスタンプ絵……116
葉っぱの手づくりスタンプ……118
洋服にくっつく実であそぼう……120
森の妖精キノコのぬり絵……122
鳥の巣コンテスト……124
木のこすり絵……126
サウンド・ピカソ……128
クラフトハイキング……130
 目を閉じて見えてくるもの−その3−……132

W 自然文化・表現 133

木の絵本の読み聞かせ……134
自然の壁新聞づくり……136
おもしろ俳句づくり……138
自然のあそび場マップづくり……140
ネイチャー・ファッションショー……142
竹林音楽会……144
葉っぱのはり絵で紙芝居……146
落ち葉のお面のおゆうぎ会……148
木の妖精の洋服づくり……150
緑と童話のハイキング……152
 創作童話の実際:緑と童話のハイキング―風の船にのって……154


付録:野あそび安全メモ……159
応急処置のフローチャート……160
応急処置……161
 応急処置の基本……161
 ショック症状に注意……162
 具体的な応急処置……163
野外の危険な植物と生物……170
 植物……170
 哺乳類……170
 爬虫類・両生類……173
 節足動物・環形動物……175

あとがきにかえて――大切な子どもたちの野あそび体験……179


刊行によせて
   学校法人四恩学園ナザレ幼稚園
   園長 瀬野 哲裕

 森の幼稚園に通うデンマークの子どもたちは、「森にはトロールが棲む」と聞いて育ちます。トロールは鼻が高く、顔が赤い森のこびとで、たいへんな宝物と力を持っていて、人間に宝物を与えるいっぽう、怒ると大風や洪水も起こし、人間をひと飲みに飲み込む怪物に変わります。
 トロールは、デンマークの幼稚園では重要な存在です。子どもたちは森に出かけてトロールに呼びかけ、ときには手紙を書いて対話をします。
 ディズニーはデンマークのトロールをモデルに「七人のこびと」を創作しました。「七人のこびと」は白雪姫を助ける森の妖精です。
 トロールは日本の天狗とよく似ています。この二つは、互いに地球の裏側で偶然同時に生まれたのか、古い昔には一つだったものが西と東に分かれて、伝達したのか、確かなことは分かりません。
 しかしデンマークでも日本でもそれぞれ共通していることは、子どもたちは森の妖精と森の中で対話ができるということです。そして日本は、国土の75パーセントが森林で、そこには春夏秋冬の季節があり、四季それぞれに美しい自然がある世界でも数少ない森の豊かな国です。

 日本では、童話や昔話は90パーセント以上が里山を舞台にして生まれます。子どもたちは、里山に入ると(舞い落ちる桜の花を追い、鳥の声を聞いて姿を探し、紅葉の落ち葉を拾い)「雲が応じ、波が鳴らして、風が歌う、その歌を歌って」(宮沢賢治)一日を過ごすことができます。
 美しい森が豊かな日本では、子どもたちの保育に里山を使用しない手はありません。
 見た目は何の変わりもない里山でも、そこに中山先生のライフワークである「野あそびプログラム」が加わると、里山の様子が一変します。
 まず子どもたちは、里山から「何かの意味」を受け取り、そこから子どもたちの意欲が生まれます。続いて「何かの疑問や驚きを発見」して、そこから自主性が生まれます。
 周到に計画された実施に従い、子どもたちは直接「危険と向き合い」真摯に「質問し答え」て、子どもたちのなかに「相互の協力と連帯」が生まれます。
 私たちは、互いに連帯し「夢と希望」を共有しなければ、いきいきと生きてゆくことができません。
 中山先生は、子どもたちと一緒に森の妖精とも対話ができる、数少ない先生です。
 〜美しい自然を見た子どもたちは、その「自然にふさわしい未来」を想像して、美しい 「未来の模型」 を夢見ます。 《〜そこに (たおやかに流れる時間があれば) やがて子どもたちは(自分たちの)「未来の世界を、その美しい模型に叶えます」》(宮沢賢治)
 日本の再生は、自然の中の子どもたちから始まります。中山先生の「野あそびのプログラム」は、これから日本の子どもたちを変えてゆくことでしょう。

 2000年 3月


あとがきにかえて――大切な子どもたちの野あそび体験


 突然ですが皆さんに質問させていただきます。
「チンパンジーと人間の遺伝子はどのくらい違うでしょうか?」
 正解は約1.2パーセントです。「えっ、たったそれだけなの」と思う方も多いと思います。それもそのはずです。チンパンジーはジャングルの自然の中で暮らし、かたや人間はジャングルを切り開いてビルを建てて暮らしているのですから。
 別のとらえかたをすると、98.8パーセントの遺伝子は同じということになります。人間に自然環境が必要であり、また子どもたちに野あそびが必要なのは、どうやらここに鍵がありそうです。

 急速な文明の進歩は、残念ながら自然環境を犠牲に成り立っています。大人の皆さんも自分の子どもの頃と現在を比較して考えてみれば、わずか20〜30年で、どれほど自然が壊されてきているかお分かりいただけると思います。
 かつては身近に必ずといっていいほどあり、子どもたちのあそび場であった原っぱや空き地、小川や雑木林は、開発の対象となり土地の有効活用だとして宅地や道路に変わってしまいました。街を歩いても子どもたちのあそぶ姿を見かけることが少なくなってきました。少ないどころか、公園でさえも、子どもたちを見かけることが珍しい光景になりつつあります。

 ここまで自然が壊されてきて、やっと大人たちは気づいてきたようです。文明が進歩して生活が便利で快適になるのはいいことだけど、身近な自然がなくなってしまうのは困ると。

 最近ではいたるところでホタルの飛び交う川やメダカの泳ぐ小川を復活させよう、失われたクヌギやコナラなどの雑木林を再生させようという活動が市民団体や行政により行われてきています。環境教育、環境学習という言葉をしきりに耳にするようになったのもここ最近です。

 それもそのはずです。自然の大切さを思う心は、前述したように人間はチンパンジーと98.8パーセント同じ遺伝子を持っているからです。
 言い換えると、人間もチンパンジーと同じ自然の中で暮らしたいとの本能を持っているのです。
 ところがこの本能も自然からながく疎外されていると麻痺してしまうと私は思っています。それが怖いのです。麻痺するということは、人間が生物として生き抜く力を弱めてしまうことだと思います。その証拠に今の人間は体の持つ感覚(視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚)が鈍くなっています。何からなにまでコンピュータや機械が人間の代わりになってくれることも鈍くなる原因だと思いますし、もっと大きな原因は自然とふれあう機会がほとんどなくなったことだと思っています。
 いちばん心配なのは子どもたちです。感覚をフルに活用して心身ともに成長する必要のある子ども時代に自然から疎外されてしまうからです。
 自然は多様な情報を私たちに与えてくれます。例えば木登りと校庭にある登り棒を比較してみましょう。 両方とも登るという行為自体は同じですが、 根本的な違いがあります。登り棒は握力、腕力、脚力が強ければつよいほど人より先に高く登ることができます。ところが木登りはそうはいきません。登る前に木をよく見て、足を掛ける場所と順番を探し、実際に木に触った感触で弾力があるか、簡単に折れてしまわないかを確認し、あるいは匂いを嗅いで木が腐っていないかを確かめるなど人間の体の持つ感覚をフルに使うことによって高く登ることができるのです。木に登るということは、木から多様な情報を得てさらに感覚を研ぎすますことにつながるのです。
 子ども時代にはこのような自然から受ける刺激や、それによって培われる情報をできるだけ多く受ける機会を与えてあげたいと思います。

 では具体的にどうしたらよいのでしょうか。たしかに自然は身近からどんどんなくなっているものの、だからといって諦めようということでは決してありません。自然を再生させる活動を展開することももちろん大切なことですが、それ以前に大切なこと、それは身近なささやかな自然に気づき親しむことだと思います。ここでいう自然とは、人間以外のすべての生命あるもの、また気象、地質など人間をとりまく環境を指したいと思います。

 レイチェル・カーソンさんが『センス・オブ・ワンダー』の著書のなかで「幼児期には不思議なものに目を見張る豊かな感性を育ててあげたい」と言っています。「知ることよりも気づくことのほうが大切」とも言っています。私が深く共感しているところです。

 本書では、主に低年齢の子どもたちが、公園や園庭、校庭、林や草原など身近な場所で、「いつでも、どこでも、だれとでも」という現代の状況、環境に即した野あそびを、リーダーとともに楽しみながら、「自然に気づき親しむ」ことを信条に、季節に応じた数々のアクティビティーを紹介しました。ご活用いただければ幸いです。

 これらのあそびを実践する前に、ぜひとも取り組んでいただきたい「儀式」をここに紹介しておきます。その儀式とは、土や草地に腰を下ろし、寝転ぶことです。決して難しいことではありません。大地に仰向けになって大の字に寝転ぶだけです。ビニールシートなどを敷いて寝転んでも構いません。

 この行為には「自然との接触の原点」があると私は思っています。また「限りなく奥が深い」と感じています。ここでは原点や奥の深さの中身をあえて紹介しません。なぜならそれは子どもたち一人ひとりの感性であり、感覚の世界だからです。指導者が子どもたちに教えるというレベルのものでもありません。あえて言うなら、「尊大な自然はすべての人間に気づくこと、感じることの素晴らしさを教えてくれる」ということでしょうか。きざに言うなら、「寝転ぶと大地と空、そしてその空間が、一人ひとりを優しく包み込んでくれる」と表現したいと思います。
 さあ、みなさんも野あそびの前には、子どもたちと思い切り寝転んでみてください。 そして、気づいたこと、感じたことを分かち合いましょう。

 冒頭に戻って、チンパンジーと人間の1.2パーセントの遺伝子の違いの中身は何でしょうか。それは「豊かな感性」だと私は思っています。
 人間には自然を豊かな心で受け止める感性を持ち合わせています。それが証拠に、絵画、俳句、短歌、音楽などさまざまな文化活動に発展させる資質が備わっています。この資質を伸ばすには子ども時代、とくに幼児期が一番大切だと私は思っています。
 本書では野あそびに、これらの文化活動をたくさん盛り込んでいますので、活用していただければ幸いです。

 子どもたちには誰にでも無限の可能性が秘められています。その可能性を引き出してあげることのできるのは、身近な自然と、その自然を気づかせてあげられることのできる、身近な良き大人の理解者だと私はいつも思っています。

 大人たちが力を合わせて、子どもたちに素晴らしい野あそび体験をさせてあげようではありませんか。

 出版にあたり、萌文社の永島憲一郎氏には多大なご尽力をいただきました。また、保育士の経験のある藤原道子さんには、子どもたちのかわいいしぐさやほのぼのとした素敵な絵を描いていただきました。また、四恩学園「ナザレ幼稚園」の瀬野哲裕園長には、活動の場の提供や、環境づくりの支援をしていただいており、心より感謝いたします。 またこの本のアクティビティーを開発し、実施するにあたり、素直な笑顔で遊んでくれた、ナザレ幼稚園や全国の子どもたちに心より感謝いたします。
「またなかちゃん(筆者のニックネーム)と遊ぼうね」
  中山 康夫
 2004年4月5