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構造改革とデフレ不況
−やさしく、ふかく、現代日本経済入門
(筆者紹介)
二宮厚美(にのみや・あつみ)
神戸大学発達科学部教授。専攻は経済学、社会環境論。新自由主義に対抗する新しい福祉国家論の視点から、幅広い研究を行っている。また、保育・学童保育などの運動にもたずさわる。近著は『日本経済の危機と新福祉国家への道』『現代資本主義と新自由主義の暴走』(以上、新日本出版社)、『自治体の公共性と民間委託』(自治体研究社)など。『ポリティーク』(旬報社)編者。
(プロローグ)・・・・日本経済の病と医療の目
二一世紀に入って以降、日本経済はかつてない危機的状態に陥っています。日本列島全体におよぶ黒い霧はいっこうに晴れる気配をみせず、経済の先行きはいまなお混沌として、いわば五里霧中という状況にあります。たとえば、戦後史を塗り替えるような企業倒産の続発、三八〇万人前後に膨れ上がった完全失業者、七〇〇兆円近くになろうとする政府債務残高、およそ八年間にわたるデフレの進行など、日本の経済はかつて経験しなかった異常事態に見舞われ、現在なお、そこから脱出していく見通しがたっていません。
日本経済はいわば生活習慣病が高じて重病に陥った患者、つまり、まだ危篤というほどではないが、そのまま治療せずに放っておくと致命傷になりかねないほどに症状が悪化している状態にあります。こういうときには、まず医者の診察と診断が必要です。もちろん、医者の見立ては、快復に向けた患者自身の努力を抜きにしては、病の克服に結びつきません。日本経済を襲う生活習慣病もこれに同じで、まずは日本経済の病理と病原の解明、そして日本経済の主人公である国民自身に力による病の克服が必要になります。とくに、日本経済の病は、突発的なウィルスに侵されて生じたものとか、交通事故のような思わぬアクシデントに出くわして生まれたといった一過性のものではなく、慢性疾患によるものです。こういうときには病の構造そのものをつきとめる必要があります。
歴史をふりかえってみると、経済学の創始者として有名なイギリス名誉革命期のW・ペティ、またフランス重農学派の泰斗F・ケネーはいずれも医師でした。この二人は、英仏の絶対主義王制がやがて滅びゆくその前夜に、古い体制に宿った経済の病を解決しようとして、経済科学の創造に着手しました。二人が手がけたのは、現代的な言い方でいうと、国民経済の解剖図を描き出すことでした。両人はともに、医師の目を活かした国民経済の絵解きにとりくみ、国民生活の健全なボディとしての経済のあり方をさし示そうとしたわけです。
両人の努力はのちに、それぞれイギリスの名誉革命、フランスの市民革命によって報われます。一方での国民経済の病の解決に向けた医者のカルテと、他方での国民自身の健康回復にむけた努力とが結びつき、近代社会のボディがつくられていった。こう言い切ってしまうと、いささか言い過ぎという感はありますが、歴史をさかのぼると、医療と経済の関係はそれほどに密接な関係があることはたしかです。
医療と経済、いまここでやや脱線気味にこの二つをアナロジー風に並べてとりだしたのは、現代の日本経済を考えていくときには、次の三点が大切になっているからです。
まず一つは、人の体であれ経済であれ、その病気の正体を明らかにするには科学的分析が必要だということです。ものごとがわかるためには、昔から言われてきたように、まずは分けること、つまり分別・分析することが不可欠です。分かるは分ける、これです。科学的分析というと、なんだか話が難しくなるように受け取られがちですが、じつは逆です。ものごとを分析するということは、そのからくりを明らかにすることなので、本来なら、複雑なことをかんたんなことにおきかえ、平明・簡明に理解できるようにするということです。これに失敗すると、科学とは対極的な宗教の世界に迷いこんでしまいます。人体であれ国民経済であれ、その病の克服には、宗教ではなく、何より科学的分析を心がけることが大切です。
第二は、古代ギリシアのヒポクラテス以来、医療の世界にヒューマニズムの目が必要とされてきたように、国民経済の分析にもヒューマニズムの精神が必要だということです。換言すると、医師の仕事が何よりも患者の健康を回復させることにあるように、経済の分析も国民生活のボディにあたる国民経済の健康を快復させること、この課題を担わなければなりません。これは、ただ景気が回復すればよい、といった話にとどまりません。国民経済というボディ内部を流れる血液の循環、内臓の健全な働き、諸活動を支える骨格や筋肉の機能等の全体を健康なものにしていかなければなりません。私はそれをここでは「新福祉国家の思想」と呼んでおくことにします。要するに、科学的分析とヒューマニズムの精神を生かして福祉国家の力をよみがえらせること、これが現代日本ではとくに求められるわけです。
第三は、病の見立てでは人体を構造的にとらえる必要があるように、日本経済の分析もすぐれて構造的でなければならない、ということです。先に私は、日本経済の病は生活習慣病が高じたようなものと言いましたが、糖尿病や高血圧・動脈硬化といった成人病がまさに生活構造に起因するところ大であるように、現代日本の経済の病も戦後の発展構造に起因して生まれてきたものです。これは後で説明しますが、病原が体質や構造に根ざしているときには、医療でも経済でも、分析は構造的なものでなければなりません。同時に、その病の克服にも構造的な処方箋が必要になります。
医療と経済のアナロジーで言いたかったことは、要するに、ヒューマニズムの精神をもって日本経済の構造を科学的に把握すること、これです。悪化を続ける現代日本の経済的病は、この方法に依拠した処方箋を必要としています。このことを出発点として肝に銘じておいて、以下、本論に入っていくことにします。
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