あとがき

 「われわれの生活はどうも効率化ばかり追っているから、おかしなことになっているんですよ」
 そう最初に言い出したのは、誰だったでしょうか。
 一九九九年の春、東京・池袋の法律事務所で開かれた小さな憲法問題の研究会の例会で、そんな議論が始まりました。
「裁判がそうでしょう。学校教育がそうでしょう。マスコミなんか、その典型じゃないですか! もう少し落ち着いてじっくり生活を見直さないと、日本人そのものが壊れてしまうんじゃないかって思いますね」
「いや、もう壊れてますよ」―。
 何回かの会での議論は、やがて「この『効率化』をテーマにして討論し、それを本にしよう」ということになり、作業が始まりました。

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 本の大ざっぱな構想が決まり、この年の夏、長野県・原村のペンションでの合宿のほか、出版社の会議室、湘南の簡易ホテルなどでの討論も加え、次第に骨格が固まっていきました。討論は延べ数十時間に上っています。
 研究会のメンバーに加え、友人たちも加わりました。教育問題では海城高校の目良誠二郎先生、文化の問題では音楽家ユニオンの佐藤一晴さん、シンガーソングライターの横井久美子さん、介護・福祉の問題では、この本の出版社の社長さんも兼ねる福祉問題の研究家、谷安正さんも加わりました。
 ただ、膨大な討論でした。話が縦横に流れ、整理と編集には大変な苦労をかけました。編者は私たち三人になっていますが、実質的には松尾高志さんの精力的な作業に負うこと大です。松尾さんの努力がなかったら、この本が出版まで漕ぎ着けることができたかどうかさえ疑問です。

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 最初は当然二〇世紀のうちに出版されるはずだったのですが、人数の多さと世の中の変化もあって、小さな書き込みや修正が続き、出版社にとっては題名通り、三年がかりの全く「非効率」な本づくりになってしまいました。
 この間、一九九九年には米国の戦争に事実上無条件に協力を約束させられかねない「周辺事態法」が成立し、「盗聴法」や「国旗・国歌法」が制定されました。効率的に軍隊を動かし、効率的に国民統制を強める意図があるのでしょうか。
 日本の政権は二〇〇一年、森内閣に代わった小泉内閣のもとで、効率的な経済の仕組みを求める新自由主義国家体制論による「痛みを伴う構造改革」が進められています。国際的には、同年クリントン政権に代わって登場したブッシュ政権が、あらゆる面で米国覇権を前面に押し出しています。
 九・一一同時多発テロを契機にした米国の行動は、世界をまたも弱肉強食の「戦争の時代」に引き戻そうとするかのようです。残虐兵器を使ったアフガニスタンへの攻撃、フィリピン、グルジアなどへの軍事展開、イラク、イラン、北朝鮮を「悪の枢軸」と規定した国際的圧力、「愛国者法」による基本的人権を無視した外国人や移民への拘束、マスコミへの介入、操作……。日本もそうした状況と無関係ではなく、「テロ対策特別措置法」によって初めて戦時の自衛隊海外派遣や、自衛隊法改正での「防衛秘密」の新設が行われ、効率的な自衛隊活用を狙った「有事立法」が計画されています。

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 こうした情勢は必ずしもこの本の中で明示的に示されてはいません。しかし、その後の問題についても、「何が問題なのか」「どう考えたらいいか」についての物差しや道筋はかなりはっきりと提示されているように思います。むしろ、この本を手がかりに、今起きている世界と日本の問題を考え、私たちの討論に参加していただければ、この上ない喜びです。
 手軽な本づくりばかりが目立つ最近の出版界にあっては、座談会形式の本という手軽に見えるスタイルを取りながら、ひとり一人の思いや個性を大事にした丁寧な本作りは、これもまたひとつの「非効率化宣言」でした。
 二一世紀の世界は、「個」が世界の中で生かされる自然や民族同士の「共生」と、新しい「人間性の回復」だと言われています。「非効率化宣言」はその意味で、「二一世紀の人類の新しいルネッサンスの宣言」だということもできるでしょう。

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 残念なことは、なかなか進まなかった作業の中で、文化をめぐる問題の討論に加わっていただいた佐藤一晴さんが、二〇〇二年一月、胃癌のため亡くなったことでした。広告マンとしてスタートしながら、労働運動や音楽家のユニオンに情熱を注ぎ、オーケストラやシャンソンを愛し、日本と日本人の文化の在り方を考え続けた佐藤さんの墓前にもこの本を謹んで捧げたいと思います。
 また、この本の出版までには、谷社長をはじめとする萌文社のスタッフの皆さん、合宿などで協力していただいた松尾あぐりさん、ペンション「想い出」の長浜信代さんとご家族、渡辺脩法律事務所の渡辺理恵子さんなど多くの方々のご協力をいただきました。改めて感謝します。

  二〇〇二年三月
                             中沢正夫・木村晋介・丸山重威

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