絵で聴く子どもの優しさ
寺内 定夫著/口絵カラー4頁、図版(子どもの絵)230点

はじめに
 子どもはこんなにも優しい気持ちの持ち主だったのか、家族にも先生にもあれほど細やかな感情で向き合っていてくれたのかと心打たれるのが、本書に記録した子どもたちの絵と言葉です。しかもその多くは三歳とか五歳という幼い子どもの表現です。

 こんなにも親を思い、小さな動物たちに寄り添い、誇り高い魂をそっと秘めていたのかと、だれでもきっと驚かされるのではないでしょうか。小学生のいじめや学級崩壊、幼児の噛みつきや乱暴などの話が、とても信じられないような別世界の子どものようにも思えます。けれどもこれはすべて現実の子どもの表現なのです。絵にしっかり記録されている事実です。このような絵を、形や色の認識が浅く美的価値もない落書きなどと言わずに、とにかく子どもたちの絵と会話にゆっくりと心を向けてみて下さい。

 どうして私たちは子どもたちのこの生命に対する優しさや、自らの生活に対する自信に気づかなかったのでしょうか。もっと早くからこのような感情や意思に触れていたら、子育てや教育のイメージはずっと明るく幸せなものになっていたかも知れません。この事実を見逃すようになったのは、おそらくテレビが家庭の居間に定着し情報機器が主要な生活道具となって、おとなと子どもの向き合う生活が激減してからのことだと思われます。  たしかに私たちが子どもの優しさや自信に気づきにくくなったほど、子どもの人間関係は荒々しくなり、生活態度が無気力になった面は否めません。実際に八〇年代頃から絵を描かない子どもがふえた傾向は、多くの教師や保育者が指摘していましたし、子育てが幸せに思えないような出来事もよく見聞きするようになりました。  子育てに疲れるというのは親だけではありません。保育者も教師も子どもが分からない、対応が難しいと悩んでいるのは、子どもの心と響きあえないからです。

 子どもも絵の中に親や先生を描かなくなりました。子どもたちもおとなの心が分からないと悲しんでいるのかも知れません。
 けれども私たちは子どもたちと向き合う生活を取戻し、子どもの言葉、口調、表情、しぐさなどの表現を真っ正面から受けとめ、その心と響きあい共感すれば、子どもの優しさや自信がふたたび輝きはじめることを、絵を聴くという実践研究によって確信しました。本書はその報告記録です。
 子どもと向き合うというのは、ほほ笑みながらうなづきあう生活を日常化することから始まります。子どもの描いた絵を両手で受け取り、ゆっくりした会話で表現した気持ちを聴きとることです。私はこれを「絵を聴く」と呼んでいますが、それだけで子どもの優しさと自信が見えてきました。子どもの心が消えてしまったわけではありませんでした。おとなが子どもの心に共感すれば、その優しさと自信がふくらむと確信できたのです。  しかし幼児期の優しさと自信には響きあえたものの、そのあとの実践研究はまだ進んでいません。児童期の人間関係と自己表現のかかわりは子育てや教育の現代課題として、これからも取り組みたいと願っています。  2001年 盛夏
   (本文「はじめに」より)